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本日の日替わりおとん

2014.06.17 (Tue)



先日のバラモンキング当日の応援で、地元住民の方と久しぶりに話す場面がありました。

田舎の小さな村と言っても昔とは違い、街中に勤めに行くというそれぞれの生活習慣の違いから、日常、ほとんど会うことがないため久しぶりの会話でした。

ただ、その会話は残念な話が中心で今だに社会問題となっている「いじめ問題」

地元の複式の小さな学校で昔から伝統のように繰り返されている「いじめ」

我が家の長女もこの的になり、市内の学校に転校処置をとった経験があるため、この問題は他人事じゃありません。

また、この経験からいじめが起きた時のよろず相談所として、被害に遭われた方がよく相談に来られます。

とにかく驚きは、「いじめ」だけではなく、その件数が小さな学校とは思えないほど多いということ。

今回も、ほんの数人という環境の中で起きたことで、話を聞くと今までと構図は同じ。

親の姿勢、考え方がそのまま子供に反映したという形で、田舎独特の強い者、数が多いものが正義だという価値観が基盤となっています。

この地域の「いじめ」「いじめられ」の関係は遠い昔から変わらず、いじめる者は必ず同じ地区から出てきます。

地区の中に教会を抱えるこの「いじめ地区」はこの地域の中心と自負しており、妙に結束が硬く、大人たちがギャングエイジの子供の世界と同じものを形成し、強い者(地縁、血縁の多い者又は田舎議員を擁する一族)を中心にしたグループを作っております。

一方、「いじめられ地区」は端々にある小さな地区であったり、血縁が少ない者であったり、親がよそ者であったり、又は徒党を組まず単独で生活を成している者である場合や宗教が違う場合であったりといろいろですが、共通して言えることは先ほどの「強い者グループ」に属さない場合です。

ですので、自分が弱い立場になりたくないため「強い者グループ」に属そうと必死に媚びる大人が沢山います。

要するに何が言いたいかというと、大人のこのような幼稚な世界を子供達がじっと見ていて「そうか、こういうことをしていいんだぁ」と同じことを子供達の世界で繰り広げているということなんです。

彼ら「強い者グループ」は常に自分たちになびかない者や弱い者を酒の肴にし、出るものは叩き潰すという行為を繰り返し繰り返し行っています。それを間近で見ている子供達は本能的感覚で他の子供達の親が大人の世界ではどの立場にあるかを読み取ります。そうやっていじめの対象が決められるのです。

長女が転校して来た時の驚きのエピソードの一つに「さぁ、次は誰をいじめようか?」という会話が日常、平気な感覚で飛び交っているということがありましたが、どうやら今もこの学校では続いているようですね。

それからこのような問題が明らかになり、解決の糸口を探す折にいじめ側の親御さんが共通して発する言葉が二つあります。一つは

「いじめは昔からあります。」

二つ目は

「いじめられる方も悪い。」

もう空いた口がふさがりません。それじゃあ何も解決するわけないし、未だに根強いいじめの構図がはびこっている最大の要因だと思います。

もっとたちが悪いのが、いじめ側の親御さんのほとんどが自分自身を「人格者」だと思っていること。

あ~なんとかこの構図を壊さなければ!

本日も「日替わり」ありがとうございます。長々と申し訳ありませんでした。とにかく言いたいことは「子は親の姿を見て育つ」ということなんです。綺麗事を言ったり、美しさや道理を語ってもそれが嘘か、本当か、背中を見れば子供は気付きます。子供が口にすることは、必ず親も口にしています。子供のする行為は親も必ずやっています。

それから最後にもう一言!

「いじめ」はいじめる方が100%悪いんですよ。









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